ShowTaro

世界40カ国廻った鬱病旅人の哲学ブログ

努力って言葉は残酷

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結果を出している人って「才能がある」「体格に恵まれている」「環境に恵まれている」などの言葉で片付けられることが多い。

 

しかし、彼らは「才能はない。血の滲むような努力をした」「体を大きくする努力をした」「自分の意思次第」といった反論をする。

真っ当だとも思う。

 

結果が出ていない人々は、「才能がなかった」「体は生まれつき」「環境は変えられない」というだろう。

真っ当だとも思う。

 

両者とも正しい。いや、間違っている。でも、正しい。

 

結果が出てない人は、「結果は出なかった」という事実から目を伏せ、「良い経験だった」と言ったり、そもそもの目標設定を忘れさせ、自身の経験を肯定する。

こうでもしないと生きていけない。失敗しない人は人生に失敗するもの。でも、甘んじ続けてはいけない。

 

「勝者が正義」とは残酷だが事実。努力という言葉に価値はあるのだろうか。

 

努力という言葉は解釈。

 

人々は、各言葉に各々違った定義づけをしている。

それが個人の個を外の世界に表現するものになるのだろう。