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ShowTaro

世界40カ国廻った鬱病旅人の哲学ブログ

傀儡の青春

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—今日もツイッターでつぶやく。

・・・

“ツイートが完了しました。”

 

—あ、コメントだ。「いいね」もついた。

「やばいwww 可哀想過ぎるwww」

「ウケるwwww」

「お前って変わっているよな」

 

—明日は何をしてやろう。どうやったらまたいっぱい反応してもらえるだろう。

 

 

ツイッターでつぶやいた彼はマイク。大学3年生だ。

彼はしばしば派手なことを行う。それとまた、彼には不幸なことがよく降りかかる。その度にツイッターを利用している。

その度に反応してくれる人がいることが何より快感なのである。

 

マイクは比較的社交的で大学に友達が多い。彼を取り巻くイベントは華やかである。しかし、彼は「ひとりぼっち」であるということを果敢にアピールするし、暗い大学生活を送っていると認識している。

 

周囲の目からしてみて、マイクを孤独と思う人間はいない。華やかな大学生活を送っているようにしか見えない。

 

マイクの心は満たされていない。いや、満たしていないのだ。彼は恐れている。自らが普通すぎるということを受け入れることを。

いや、これは人間的。非常に人間的。彼は恐れている。この「変人」「不幸」という自らのキャラクターを捨てた場合、周囲の注目や周囲の己への認識が変わってしまうことを。

 

彼は見下している。その大学で知名度のないサークルに所属している人間にはアイデンティティのない見えない何かに動かされる傀儡の集団くらいにしか思っていない。

 

彼は見下している。SNSでフォロワーが少ない人間は周囲の注目を浴びていない、自分よりヒエラルキーの低いものとしてしか思っていない。

 

彼は見下している。”変わった行動”を取らない人間は自らの意思のない傀儡くらいにしか思っていない。

 

 

しかし、マイクは傀儡。マイクは最も傀儡。彼は周囲の承認をただただ求めるばかりに、所属感を得るためにサークルの名前を振りかざし、SNSのフォロワーに踊らされ、”変わった”行動をとることで承認欲求という餌を追い続ける傀儡。

 

彼は認めない。なぜなら、彼の青春は傀儡として踊らされた時間に努力を費やしすぎた。その過去が否定されること、それは彼の所属感の否定であり、幸福の否定、彼の存在意義の否定だった。

 

 

彼は気づこうとしない。「ただただ認めて欲しい」と思うばかりの普通すぎる欲求の究極に成り下がっている自らの愚かな姿を。

 

彼は周囲に認めてもらうためだけに、自ら不幸を選択し、奇抜な行動をとっては周囲に見せつける。

 

彼には勇気がない。それは「普通である」ということを受け入れる勇気がない。

彼のいう傀儡こそ、彼が胸を張って語る理想像だった。

 

マイク、傀儡は操りの影から逃れられなかった

 

画像提供:陈文