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ShowTaro

ソース:https://medium.com/@showtaro

タイトルのない大学生

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バネッサの口癖は「成長しなきゃ」。

彼女はいわゆる意識高い大学生だ。

誰だか社会人の方などの講演会が開かれるたびに彼女は感銘を受け、「日々成長!」と呟く。

 

「なぜ成長しなきゃいけないの?」

「成長の定義って何?」

「どう成長したいの?」

 

いつも自分の胸の中にはバネッサに対してこの質問が並ぶ。

 

バネッサは何を目指しているのか聞いたところ、「まだやりたいことが何かわからない」だそうだ。

やりたいことがわかる大学生ってのも、別にマジョリティではないだろうし、私自身も「自分がしたいこと」ってなんなのだろうと問われると答えられない。

 

でも、彼女は漠然と「成長」というものに大いなる義務を感じているらしく、インターンシップやボランティア活動、起業家講座などに通っているらしい。

 

彼女の行動力にはいつも脱帽する限りであるが、周囲からの彼女に対するヘイトはよく聞く。「どの活動も中途半端で迷惑」といった意見だ。どのレベルで彼女が中途半端で迷惑をかけているのかは知らないけれど、モチベーションを大いにかけられなかった組織側にも問題があるのではと思いながら、いつもその意見には同意した反応を見せる私。

 

彼女が何の会社で何を求めてインターンシップに行っているのかは知らない。けれど、彼女はいつもSNSで「今からインターン」という投稿を行う。インターンをしている自分というのに承認を求めている様に見える。

 

ボランティア活動に関しても、何を達成したいのかきいたことはないし、「現地の人たちから、色々学ぶことができたし、楽しかった」とはいうものの「何を学んだの?」「結局何をしに行って、何ができたの?」という内容は皆無である。

 

起業家講座だって、「何がしたい」というものがないのに何を起業するつもりで、何を目的に通っているのだろうかといつも疑問に感じている。

 

バネッサに限らず、この手の大学生って星の数ほどいる。

どういう風に違和感があるかと一言でまとめると

「手段を目的にしている」

という点であるのだろうか。

 

成長って何か目指すものがあるから、その手段としてするものではないだろうか。例えば、動物は生命を保存するために自立する、そのために肉体を成長させる。この例は微妙だった。例えば、RPGゲームでボスに勝てないからレベル上げをする(成長させる)。これは紛れもなく、目的に対する手段である。

 

インターンシップ、ボランティア活動、起業家講座自体は「手段」に過ぎない。

 

とりあえず手を出してみること自体は悪いことではないと思う。そうでなければ、ネタが尽きた時に新しい刺激が得られないから。

経験は一概に順序立てて行なった通りだけに作用するものでもない。数年前のあの活動って無駄だったなと思っていても、数年後に「あの時の経験がいきた」ということは少なくない。

 

だけれども、常に「私はこういう目標をたてて、それを達成するためにこの手段を利用している」と言える状況で手段を用いなければ、マスターベーションと何も変わらないだろう。

 

 

 

画像提供:yamauchi