ShowTaro

世界40カ国廻った鬱病旅人の哲学ブログ

命より人生の方が大切に決まっている

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永劫回帰という言葉を聞いたことがあるだろう。

 

その一生が全く同じものとして、まるで同じフィルムの映画を見続けるように繰り返されるというものである。唯一の違いは、そのフィルムが痛むことなく、霞むことなく繰り返されることだ。

 

さて、なぜ永劫回帰という言葉が当然のように存在するのか。「人間が死ぬとどうなるか」という問いに対して、「人々は生まれ変わる」とか「死んだら完全に無になる」とか所説はさまざまである。ただここで私は先に宣言する。「人生は永劫回帰する」ということを。

 

宇宙の始まりについて考えたことのない人は少ないのではないだろうか。物理学を好んで学んできた私にとってはこのコンテンツについては幼いころに幼いながらによく考えたものだ。

 

宇宙の存在がない時代、宇宙の始まりの時代を仮定するのなら、それは、物質はおろか空間もエネルギーも皆無の状況だろう。フォトンもグラビトンもない。この場合、時が流れるのかさえ不明だが。

 

我々には一つ大きな証拠がある。「我々の存在」という物質と時の流れの事実である。宇宙の始まりの定義を前提条件とするならば、宇宙の始まりと現在の我々 が持つ証拠を照らし合わせれば、皆無という状況から現在までの流れの存在を断定することができる。前置きが長くなったが、この話は「時間は無限、物理学的 エネルギー(21世紀なので敢えて物質としなかった)は有限」という仮定に基づくことを主張している。

 

「神が創造した」「ビッグバンが起きた」など説はこれについても様々。「無の状況から何があってビッグバンが起きるのだ」っていうツッコミに対して誰も反論できないのだからビッグバン説なん てオカルトと何ら変わらない。なぜ彼らは神の創造説が馬鹿にできるのか甚だ不思議である。

 

無の状況から、いかにしてまだ否定されていない 「エネルギー保存則」の中から「物理学的エネルギーの発生が起きたのか」という私の説は、プラスのエネルギーの宇宙とマイナスのエネルギーの宇宙の二つの 宇宙の発生である。もしそれがお互い収縮すればエネルギー保存則に従えるわけである。なぜ分かれたかについて答えられないことはビッグバンとかいう説が 堂々としている社会なので許してほしい。

 

さて、ここで私はあなたたちに問いたい。「同じ条件で同じ試行がなされたらどうなるのか」ということだ。この場合、何も違いがない。空気抵抗も気温も実験者も被験者も全くすべてのコンディションが同じである。

 

この質問に対しての答えは一つだろう。「全く同じことが起きる」だ。

 

宇宙がなかった皆無の時代から、エネルギーが二つの世界に分断し宇宙が創造され、宇宙が広がり、宇宙が収縮し、皆無の時代に戻る。

 

全く同じ条件から、同じ試行がなされ、全く同じ条件に戻る。起こりうる結果は全く同じだろう。

 

人間の脳なんて、突き詰めてみれば分子や原子などの動きに他ならない。意思や欲望なんて、計算がほぼ不可能なくらい困難なだけで物理学的に動きの証明は可能なはずである。

 

あの日、飲み屋で出会ったかわいいあの子。次回の人生でも全く同じ時間で同じ場所で同じ気持ちであの子に会うのだ。そして、一語一句同じ言葉で会話を交わす。

 

結局何が言いたいかというと、あなたの人生は繰り返される。それは何も変化を起こさずに繰り返される。生まれた瞬間死ぬ人間も、預言者ゾロアスターも、ガヴリロ・プリンツィプも、あなたの人生も同様に繰り返される。

画像提供:Kingsley Huang